オフショア開発(offshore development)とは、ITシステムやソフトウェア、Webサービス、モバイルアプリなどの開発業務の一部を海外の受託開発企業を活用して行う開発手法です。最近ではコストやリソース面のメリットだけでなく、オフショア開発の担当フェーズも進化しています。そのため、オフショア開発を活用するIT企業が増えています。
今回の記事では、ビジネス用語としての「オフショア開発」と、それに関連する重要なトピックを解説します。
目次
オフショア開発とは
オフショア開発の「オフショア」とは英語の「offshore」に由来します。「off」は「離れて」、「shore」は「岸」で、「岸から離れて」という意味です。では「オフショア開発」とはどういう意味でしょうか。ここでは、ビジネス用語としてのオフショア開発の意味、および似た言葉との違いを明らかにしておきましょう。
オフショア開発の意味するもの
サーフィンでオフショアといえば陸から海に向かって吹く風を指し、その逆に海から陸に向かって吹く風をオンショアといいます。ビジネス上でのオフショアもニュアンスは似ており、国内から海外に向けて行うアクションを意味します。IT業界用語である「オフショア開発」は国内企業の開発案件を、海外のIT企業を活用して進めることです。
オフショア開発の歴史は1980年代終盤に始まりました。その頃のIT業界は構造が変化し、IT企業の収入源がそれまでの高額なハードウェアの導入から、システム開発やソフトウェア開発にシフトする途上だったのです。大手ITベンダーは開発作業に従事する安価で潤沢な労働力を求めて、アジア諸国に積極的に子会社を作った結果、ITシステムの開発を受託できる企業が多く誕生しました。
そしてバブル崩壊後もITの需要は拡大し、国内で受託開発企業であるSIer(エスアイヤー:システムインテグレーター)が続々と生まれ、システム開発が盛んになります。彼らはコスト効率を上げるために、開発業務の一部をアジアの受託開発企業に委託するようになり、オフショア開発が業界に定着しました。
オンショア開発やニアショア開発との違い
オフショア開発と似た言葉に「オンショア開発」と「ニアショア開発」があります。
まず、オンショア開発はオフショア開発の対義語です。海外のリソースを活用する開発であるオフショア開発に対して、オンショア開発はすべて国内で行う開発を意味します。コスト効率はオフショア開発に劣りますが、技術面は安定しており、コミュニケーション上の問題も少ないです。よって、高いクオリティが担保しやすく、情報漏洩リスクも低いというメリットがあります。
次に、ニアショア開発とは、国内は国内でも人件費が低い地方都市の受託開発企業を活用する開発を意味します。エンジニアの人件費には地域差があるので、東京をはじめとした主要都市圏よりも地方都市の受託開発企業に委託する方が、開発コストを抑えられます。そのため、一部のSIerはニアショア開発を活用するようになりました。
オフショア開発とニアショア開発を比べれば、コスト効率はオフショアのほうが良好ですが、カントリーリスクがない点や、クオリティの担保が確実な点でニアショア開発が優れています。
オフショア開発とコミュニケーション言語
オフショア開発においては、コミュニケーション言語を何にするかで、進行の仕方や成果物の出来栄えに影響が出ます。日本語による開発と英語を用いた場合を比較してみましょう。
日本語によるオフショア開発のデメリット
オフショア開発は一般的にブリッジSEを介して行うことが多く、人件費がコストを圧迫するデメリットがあります。また日本語の複雑さゆえの、やり取りの不正確さや時間がかかることもデメリットとなります。その上、発注者側は綿密なチェックに手間が掛かってしまいます。
英語によるオフショア開発のメリット
一方、発注側と先方のエンジニアが英語で直接やり取りをする場合には、格段にスピードが上がり、開発効率がアップするでしょう。優秀な人材の確保が容易になることから、品質面でのメリットも生まれます。お互いに英語でやり取りすることで、コミュニケーションの齟齬は減ってクオリティは上がります。コスト面でも人件費が削減できます。
このあたりの事情は以下の生地でより詳しく掘り下げていますので、参考にしてください。
オフショア開発のフェーズ
オフショア開発における委託フェーズは、これまで変遷を繰り返して現在に至っています。オフショア開発が始まった1980年代終盤は時代背景もまったく異なり、当初は紙の情報を入力する電子化作業から始まりました。当時はまだインターネットも普及しておらず、コンピューティング自体が今とは別次元でした。数年前までのオフショア開発では下流工程が中心でしたが、それも変貌しつつあります。オフショア受託開発企業によって異なりますが、現時点での目安となるフェーズの流れは以下のようになります。
- フェーズ1:キックオフ
- フェーズ2:仕様決定
- フェーズ3:開発・実装
- フェーズ4:テスト・修正
- フェーズ5:リリース
このように、システム開発の上流工程も、オフショア開発のフェーズに加わっています。上記のフェーズの詳細な内容については以下の記事で特集しているので、参考にしてください。
オフショア開発のベネフィットとリスク
オフショア開発には長所も短所も併せ持っているので、得られるベネフィットと抱えるリスクの双方が存在します。それぞれを見ていきましょう。
オフショア開発で得られるベネフィット
オフショア開発でのベネフィットはコストの削減です。以前はコストが名目上抑えられても、その後の手直しなどで工数がかさんで結局意味がないケースも多々ありました。しかし、昨今ではオフショア受託開発企業のレベルが上がっており、コスト優位性は安定しています。
オフショア開発にまつわるリスク
オフショア開発を行うにあたってのリスクは、主に以下の4つです。
- コミュニケーション上のリスク
- 情報流出・漏洩のリスク
- 納期遅れのリスク
- カントリーリスク
個別に見ていきましょう。
【コミュニケーション上のリスク】
オフショア開発にありがちなトラブルは言葉や文化、そしてビジネスの習慣の違いによる齟齬が成果物の仕様に反映してしまうことです。一例を挙げれば、感覚的な言葉(格好良い・可愛い・上品な・垢抜けた・躍動的な等)は国柄によって捉え方が大きくことなることも多く、そういう言葉で指示を出しても発注者のイメージ通りに仕上がらないこともあります。例えば「もう少し上品にまとめ直してください」と修正指示を出したら、ゴテゴテした感じで戻ってくるようなもので、先方の価値観ではそれがより上品だというような場合です。
また、業務のフローやチェック方法でも、双方の常識的なやり方が違う場合もあります。こうしたリスクを避けるために、徹底して解釈の幅がある言葉を避け、誰が受けても間違いようがない具体的な指示や、数値で表現できる指示などを心掛けましょう。
【情報流出・漏洩のリスク】
海外の受託開発企業にシステム開発を委託することで、発注企業の機密情報が流出・漏洩するリスクがあります。先方の誰かが故意に情報を持ち出す場合もあれば、セキュリティの甘さから流出するアクシデントもあるでしょう。外部に出てしまう情報の種類によっては、発注企業が多大な損失を被る場合もあります。
そういう事態を避けるためには、契約する受託開発企業を選定する際に不穏な噂や兆候がないかどうかの調査や、先方の担当者や責任者とのやり取りに不安要素がないかなどを注意しておく必要があります。
【納期遅れのリスク】
オフショア開発では、先方の開発者の労働意識や納期に対する意識が日本と比べて違いがあります。そのため、手直しの指示が度重なって手戻りが増えるなどすると納期遅れが発生することがあります。
これを避けるためには、最初からあまり細かい指示を出し過ぎないことです。それをやると続々と修正が発生しかねず、時間のロスがかさみます。絶対外せない部分以外はある程度任せて、不具合があっても発注者側が巻き取るという妥協も必要です。また、当初から多少の遅れを見越して名目上の納期と、余裕を見た実質的な納期を使い分けるなどの方法もあります。
【カントリーリスク】
カントリーリスクとはその国固有の事情から発生するリスクで、為替の大幅な変動で実質的なコストが上がったり、紛争や内戦、クーデターなどでプロジェクトが遂行できなくなったりする地政学上のリスクなどです。これは予測してもし切れない面もありますが、相手国の情報収集は怠らず、不安要素がある場合は発注を見合わせる慎重さを持つことが欠かせません。
オフショア開発に関わる職種
オフショア開発に関係する職種として、実務をこなすプログラマーやSEなどのエンジニア以外にも、プロジェクトの進捗をサポートする「プロジェクトマネージャー」と「ブリッジSE」などがあります。ここではその2つの職種の概要を紹介します。
オフショア開発のプロジェクトマネージャー
オフショア開発におけるプロジェクトマネージャーは、オフショア開発の遂行を総合的にマネジメントする責任者です。2国間のやり取りを円滑に進め、予算を超えずに納期に間に合うよう、一定水準以上の品質の成果物を完成させるのが役割です。
オフショアプロジェクトの上流工程から関わり、クライアントへのヒアリングから導き出したシステムの全体像を、設計という形に落とし込みます。マネジメントする項目は品質・納期・スタッフ・パートナー企業・調達先・諸々のリスクなどです。また発注側のプロジェクトマネージャーとは別に、現地の技術者をまとめるオフショア開発先のプロジェクトマネージャーを現地採用、もしくは国内から派遣するケースもあります。
オフショア開発のプロジェクトマネージャーについて、以下の記事で特集していますので、そちらも参考にしましょう。
オフショア開発のブリッジSE
ブリッジSEとはオフショア開発において、発注側と海外の受託開発企業の間を取り持つ役割を担うエンジニアで、その技量は成果物のクオリティにも影響を与えます。海外チームと発注者側との橋渡し役という意味から、ブリッジSEと呼ばれています。ブリッジSEの主要な仕事は以下のとおりです。
- 海外チームへの詳細説明
- 関連ドキュメントの翻訳
- スケジュール管理
- 成果物の品質管理
また、必ずしも日本側とは限らず、現地への派遣もしくは現地採用でオフショア先での起用もあります。ブリッジSEについては、以下の記事で詳しく取り上げていますので、ぜひ参考にお読みください。
オフショア開発の現状と今後
ITの進化とともに、オフショア開発も変遷を遂げています。近年の少子高齢化による慢性的なIT人材不足によって、あらためてオフショア開発が見直されはじめました。ここではオフショア開発の現状と、今後の展望を見ていきましょう。
オフショア受託開発企業の成長
従来ではオフショア開発において緊密なコミュニケーションを取るのが難しく、委託するフェーズも多くは下流工程の業務でした。
パートナーシップが長期的に継続される中で、海外チームのコミュニケーションレベルが向上してきたので、現在では上流工程の業務が委託できるケースも増えています。設計から開発・実装まで一貫して委託できるほどに成長したオフショア受託開発企業も登場し始め、発注通りのハイクオリティな成果物を納品する実績を積み上げています。
オフショア開発の対象の変化
オフショア開発の対象となるのは、かつてはITシステム開発の下流工程でしたが、最近は変化が出ています。例えば、コロナ禍によるリモートワークの増加や営業活動のオンライン化の影響で、Webサービスやアプリの開発需要が飛躍的に増加中です。多くのオフショア受託開発企業が、それらの案件を受託しています。
また、従来では基幹系システム開発といえば国内での開発がほとんどでしたが、最近では対応できるキャパシティを持つオフショア受託開発企業が多く、その分野も受託しています。ほかには、AIやブロックチェーンなどの技術については、むしろオフショア受託開発企業の方が国内のIT企業に勝っている場合が珍しくありません。AIエンジニアが多く輩出しているベトナムでは、さまざまな領域での応用が期待できます。そのため先端技術を、オフショア開発を通して活用することも有効なオフショア開発の利用法といえるでしょう。
まとめ
オフショア開発は従来のような下流工程専用や、クオリティの維持が困難などの状況が変貌しています。上流工程から担える企業も増え、領域によれば国内企業を凌駕する場合も珍しくありません。
今後オフショア開発に関係するかもしれないみなさんはここで紹介した情報を参考に、従来のオフショア開発で言われてきた常識の多くが変化しつつあることを認識して臨みましょう。