2025年10月~11月:デジタル資産、AI、組織改革が描く新時代

この記事の監修者:Fintech/金融チーム シニアコンサルタント
Yukari Ogawa
金融サービスのあり方、組織の構造変化が求められる人材像を再定義していく
1. デジタル資産の本格的な到来:Web3技術が金融インフラを再構築
これまで実験的な取り組みに留まることの多かったデジタル資産が、いよいよ実用化のフェーズへと移行し始めました。ブロックチェーンを基盤とするステーブルコインや資産のトークン化は、もはや単なる技術的な概念ではなく、決済、送金、投資といった金融活動の根幹をなすインフラそのものを再構築し、取引の効率性、資産の流動性、そして新たな投資機会の創出において、決定的な役割を担いつつあります。まずはこの変革の最前線を検証します。
ステーブルコイン発行の加速と実用化
ステーブルコインの発行と活用に向けた動きが、国内、そしてグローバルな舞台で同時に加速しています。これは、デジタル決済の未来を左右する重要な転換点です。
国内では、法人決済の効率化を目指す動きが顕著で、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の3メガバンクが三菱商事と連携し、企業間の資金決済に利用するステーブルコインを共同で発行する計画が明らかになりました。30万社以上の取引先を持つメガバンクの連携は、日本におけるステーブルコイン普及の大きな起爆剤となる可能性があります。
一方、国際的な枠組みでは、三菱UFJ銀行、ゴールドマン・サックス、ドイツ銀行などを含む主要なグローバル銀行からなるコンソーシアムが、G7(主要7カ国)通貨に連動するステーブルコインの発行を共同で検討しています。これは、国境を越えた決済インフラの標準化を目指す野心的な取り組みであると同時に、既存のノンバンク系ステーブルコインの普及による「預金流出」への懸念に対応するための、伝統的金融機関による戦略的な防衛策という側面も持っています。
こうした大手金融機関の動きと並行して、フィンテック企業も市場を切り拓いており、JPYC社は10月27日、日本円に連動するステーブルコイン「JPYC」の正式発行を開始。さらに、システム開発大手のTISと事業提携し、企業の既存システムへのステーブルコイン決済基盤の導入支援を共同で進めるとしています。
これら3つの潮流(国内企業間、グローバル銀行間、スタートアップ主導)が同時並行で進んでいることは、日本においてデジタル決済が多様なニーズに応える形で多層的に発展していく未来を示唆しています。
トークン化革命:資産の流動化と新たな投資機会
不動産や株式といった伝統的な資産をブロックチェーン上でデジタルトークンとして発行・取引する「資産のトークン化」が、新たな投資の形を創出し始めており、これまで流動性の低かった資産が分割可能となり、より多くの人々がアクセスできるようになります。
- 株式の24時間・小口取引: 大手証券会社と信託銀行が業界横断で連携し、上場企業の株式をトークン化することで、24時間365日、最低1円単位での取引を可能にするシステムの導入を進めています。2026年にもサービス開始を目指しており、これにより投資家の裾野が大きく広がることが期待されます。
- 国際的な取り組み: SBIホールディングスは、シンガポールのデジタル証券取引所DigiFTと合弁会社を設立。日本株を裏付けとしたトークンを発行し、2026年春にも国際的な流通を目指す。また、暗号資産取引所のBackpackは、米SEC登録済みの株式をトークン化し、Solanaブロックチェーン上で取引可能にするサービスを発表。国境を越えた株式投資がより身近になります。
- 金融商品の革新: 資産運用大手のフランクリン・テンプルトンは、米国政府MMF(マネー・マーケット・ファンド)をトークン化した「Benji」を提供。これにより、デジタルウォレットでほぼ瞬時の送金と秒単位での利回り計算が可能に。また、JPモルガンとゆうちょ銀行も、銀行預金をブロックチェーン技術でデジタル化する「トークン化預金」の導入を検討しており、決済効率の向上と新たな金融サービスの創出を目指しています。
これらの動きは、資産の流動性を劇的に高め、クロスボーダー投資の障壁を下げ、金融へのアクセスをより民主的なものへと変革する大きな可能性を秘めています。
規制整備と市場の健全化
デジタル資産市場の急成長に伴い、投資家保護と市場の健全性を担保するための規制整備も着実に進んでいます。
金融庁は、暗号資産(仮想通貨)のインサイダー取引を明確に禁止するため、金融商品取引法に規定を明記する方針です。違反者には課徴金が課され、証券取引等監視委員会の調査対象となります。これにより、株式市場と同様の公正な取引環境が整備されます。
さらに金融庁は、銀行が投資目的で暗号資産を直接取得・保有することを認める方向で検討に入っています。適切なリスク管理体制の構築が条件となり、伝統的金融機関が本格的にデジタル資産市場に参入する道を開くものとなります。
こうした規制の整備は、野村ホールディングスが法人顧客向けに暗号資産取引事業で日本市場への参入準備を進めるなど、機関投資家の本格参入を後押しします。信頼性の高いプレイヤーの参画と明確なルールの確立は、日本におけるデジタル資産エコシステムの成熟に向けた不可欠な土台です。しかし、この新たな金融インフラの複雑性、取引規模、そして24時間稼働という特性は、人間だけの介入では効率的な管理が困難なレベルに達しており、必然的に次章のAIによる高度な自動化と戦略的統制を必要とすることになります。
2. AIが変革する金融業務と組織:効率化から価値創造へ
人工知能(AI)は、もはや単なる業務効率化ツールではなく、金融業界においてAIは、システム開発、リスク管理、顧客対応から経営戦略に至るまで、あらゆる業務プロセスに深く浸透し、組織のあり方そのものを変革する中核的なドライバーへと進化しています。今、金融機関はAIをいかに戦略的に活用し、新たな価値を創造できるかという課題に直面しているといえます。
AIエージェントと経営戦略
日本のメガバンクは、AI、特に自律的に行動する「AIエージェント」の活用を経営戦略の根幹に据え、大規模な投資を加速させています。
- みずほフィナンシャルグループは、全社員がAIを日常的に使いこなす文化の醸成を目指す。藤井達人執行役員は、「任せられる仕事はAIに任せ、人間は新たな価値創造に集中する時代になる」と述べ、AIを飛躍のチャンスと捉える戦略を掲げています。
- 三井住友フィナンシャルグループは、生成AI関連に500億円を投じる方針を打ち出し、法人向けAIエージェントの開発・導入を支援する新会社をシンガポールに設立。
- 三菱UFJフィナンシャル・グループは、スタートアップのSakana AIと連携し、社内外文書の作成プロセスの自動化など具体的な活用を進めています。
しかし、デロイトトーマツリスクアドバイザリーの三代剛氏が指摘するように、多くの金融機関は依然として「データのサイロ化」「品質の不均一さ」「レガシーシステムへの依存」という3つの大きな課題を抱えており、AIエージェントの能力を最大限に引き出すためには、経営層の強いリーダーシップのもと、これらのデータ基盤に関わる構造的な問題を克服することが不可欠となっています。
AIによる開発・運用の高速化
AIは、金融機関の生命線であるシステム開発やオペレーションの現場にも劇的な変化をもたらしており、これまで多大な時間と人手を要したプロセスが自動化され、サービス提供のスピードと品質が飛躍的に向上しつつあります。
| 企業 | AI活用事例 | 目的・効果 |
|---|---|---|
| ソニー銀行・富士通 | 勘定系システムの全機能開発に生成AIを適用 | 開発期間の20%短縮、迅速な新サービス提供 |
| 損保ジャパン | AI搭載のテスト自動化ツール「Autify Nexus」を導入 | 品質を担保しつつ開発者の工数を削減 |
| ライフネット生命 | 対話型AIとAIボイスボットをコンタクトセンターに導入 | 控除証明書再発行の24時間受付、応対品質向上 |
これらの事例は、AIが単なる補助ツールではなく、開発・運用のサイクルそのものを自律的に推進する「AIドリブン」なエコシステムの構築に向けた重要な一歩であることを示しています。
AI時代における人材価値の再定義
AIの導入は、金融業界の雇用と人材の価値基準に根本的な問いを投げかけています。ゴールドマン・サックスがAI活用による生産性向上を理由に、バックオフィス部門を中心とした人員削減の可能性を示唆する内部メモを出したことは、業界に大きなインパクトを与えましたが、同社の広報担当によると、全社的には今年も人員純増を見込んでいるということです。これは単純な「人員削減」ではなく、より高度な「人的資本の再配分」を目指す戦略転換を示唆しています。この流れと呼応するように、日本の銀行幹部からは、定型的な企画業務はAIに代替される可能性があるものの、「顧客の表情からニーズを察する」といった人間ならではの対人スキルや深い洞察力が求められる役割の価値は、むしろ高まるとの見方も示されているようです。
これらの議論から浮かび上がるのは、AIが人間の仕事を単純に奪うのではなく、人的資本を「共感」「創造性」「複雑な問題解決」といった、より高度な付加価値を生み出す領域へと再配分するという構造転換です。この求められるスキルの根本的な変化は、もはや理論上の議論ではなくなりつつあり、金融機関はAI主導の新時代を生き抜くために不可欠な人材を確保すべく、旧来の人事制度の解体を急ぐという、現実的かつ喫緊の課題に突き動かされています。
3.人材と組織文化の大転換:年功序列の終焉と専門性の重視
金融業界を席巻するテクノロジーの波は、それを支える「人」と「組織」のあり方にも抜本的な変革を迫り、新卒一括採用と終身雇用を前提とした従来の年功序列型の人事制度は、専門性が高く流動的なデジタル人材を獲得・維持する上で限界に達しています。その結果、金融機関は、役割と成果に報いる新たな人事戦略へと大きく舵を切り始めているようです。
「脱・年功序列」と実力主義への移行
日本の伝統的な人事制度の象徴であった年功序列からの脱却が、大手金融機関で鮮明になっています。
第一生命ホールディングスは、2027年4月から約1万5000人の社員を対象に、年齢や社歴に基づく「等級」を廃止し、役割や専門性と処遇を連動させる新人事制度へ移行するという画期的な決定を下しています。この新制度では、例えば保険数理の専門知識を持つアクチュアリーであれば、20代の若手社員でも年収が最大で約140万円増加する可能性があります。
この動きは第一生命に限ったものではなく、みずほFGや明治安田生命保険も同様に年功序列型の給与体系を実質的に廃止し、役割や職務・実績に基づいた処遇制度へと移行しています。これは、変化の激しい市場環境で勝ち抜くため、高度な専門スキルを持つ人材に正当に報い、外部からのタレント獲得競争に備えるという経営上の強い意志の表れです。
デジタル人材の獲得競争と新たな採用戦略
デジタルトランスフォーメーションを推進する上で不可欠なデジタル人材の獲得競争は、業界を問わず激化してますが、金融機関もまた、従来の発想にとらわれない新たな採用戦略に乗り出しています。特に注目されるのが、高等専門学校(高専)卒業生への熱い視線です。
- SMBC日興証券: 初めて高専卒業生を総合職として採用し、初任給を大卒と同じ33万7000円に設定。
- 三菱UFJ銀行: 2026年度入社の採用活動から、システム開発やデジタル関連のコースで高専生の募集を開始。
- きらぼし銀行・宮崎銀行: 同様に高専生の採用を積極的に行っており、大卒と同水準の給与を提示。
学生一人あたり20社以上の求人があると言われる高専生は、5年間の専門教育で培った即戦力となる実践的なスキルを持ちます。金融機関が彼らに高い処遇を提示するのは、デジタル分野での競争力を確保するための必然的な戦略と言えます。また、PayPayのように、柔軟な働き方を提示することで米Amazonなどから若い海外のエンジニア人材を獲得する事例もあり、多様な人材を惹きつけるための職場環境の整備も重要な課題となっています。
経験価値の再評価:退職者世代の知見を活用
人材戦略の多様化は、若手やデジタル人材の獲得だけに留まらず、シニア世代が持つ経験と知見を新たな形で活用する革新的な取り組みも始まっています。
野村アセットマネジメントは、新たに「リタイアメントソリューション部」を設立。この部署の最大の特徴は、部長を除くメンバー全員が60代であり、自身が定年退職を経験している点です。
彼らのミッションは、具体的な商品を売ることではありません。部署を率いる中村浩司氏が語るように、同じ目線で顧客の悩みに寄り添い、「資産を使いながら運用する」という新しいマインドセットを醸成することにあります。営業数値目標を設けず、主に地方銀行と連携してセミナーなどを通じてその理念を広めていく。これは、増加する退職者世代の固有の不安やニーズに真に応えるための、全く新しいアプローチとなっています。こうした特定の顧客層へのきめ細やかなアプローチは、消費者の金融生活全体をめぐる、より大きな覇権争いの象徴とも捉えられ、その戦いの主戦場こそ、各社が構築にしのぎを削る、巨大で相互に連携した「経済圏」です。
4. 決済・経済圏の競争激化と新サービス展開
日本の決済および消費者金融市場では、顧客の日常生活におけるあらゆる金融活動を自社サービス内に取り込む「経済圏」の確立を目指す競争が熾烈を極めています。大手プレイヤーは、ポイントプログラム、決済サービス、金融商品を連携させ、顧客の囲い込みを図るため、戦略的な提携や買収、そして革新的なサービスの投入を積極的に進めています。
PayPayの多角的な拡大戦略
国内QRコード決済市場で圧倒的なシェアを誇るPayPayは、その盤石な顧客基盤を武器に、サービスの多角化とグローバル化を加速させています。
- インバウンド需要の取り込み: 香港の「八達通(オクトパス)」や台湾の「台新Pay+」といった海外決済サービスと新たに提携。訪日観光客が自国のアプリのまま、日本国内のPayPay加盟店で支払いができる環境を整備。
- 金融サービスの深化: PayPay銀行は「預金革命」と銘打ち、預金の利息を現金ではなくPayPayポイントで受け取れる新機能を開始。ポイントでの受け取りを選択すると、通常の金利に0.1パーセントポイントが上乗せされ、金利換算で最大年0.5%という高い付与率となる。預金残高の増加とグループ内での資金循環を強力に促進する狙い。
「経済圏」の覇権を巡る提携と買収
各社が自社の経済圏の弱点を補い、強みをさらに伸ばすため、業界の垣根を越えた合従連衡が活発化しています。
| 企業 | 戦略的アクション | 目的 |
|---|---|---|
| 三井住友FG | Vポイント運営会社CCCMKホールディングスを買収、2026年度にアプリ統合予定 | 決済データとポイント利用履歴を統合し、Oliveと連携した新サービスを開発 |
| KDDI (au経済圏) | ローソンとの資本業務提携を強化、SBI証券との業務提携を開始 | Ponta経済圏を拡大し、弱点であった証券サービスを強化 |
| 三菱UFJ銀行 | 総合スーパー平和堂と提携し、BaaS基盤を活用した金融アプリ「HOPBANK」を開始 | 小売業との連携により、新たな顧客接点を創出し、顧客基盤を強化 |
これらの動きは、金融サービスがもはや金融機関だけで完結するものではなく、決済、ポイント、小売、通信といった日常生活のあらゆる場面とシームレスに連携することで顧客体験価値を高めていく時代に突入したことを明示するものです。
結論:2026年に向けた展望
本レポートで分析したように、2025年10-11月の金融・フィンテック業界は、デジタル資産の実用化、AIの戦略的統合、そして人材・組織戦略の根本的な見直しという3つの大きなうねりが交差する、まさに変革の坩堝といえる状況でした。これらのトレンドは個別の事象ではなく、技術革新がビジネスモデルと組織構造の変革を促し、その変革を支えるために新たな人材戦略が求められるという、密接に連動したダイナミズムを形成しています。
ステーブルコインやトークン化が金融インフラを書き換え、AIが業務の自動化から価値創造の源泉へと進化する中で、企業はもはや過去の成功モデルに安住できなくなっています。年功序列から専門性・実力主義への移行は、この新しい競争環境で生き抜くための必然的な選択でもあります。
2026年に向けて、この変化の潮流はさらに加速することは明らかで、テクノロジーを迅速かつ効果的に取り込み、顧客価値へと転換できる柔軟な組織と、それを実行できる多様な専門人材を確保できた企業のみが、未来の金融市場における勝者となりえます。適応能力こそが、これからの時代を勝ち抜くための唯一にして最大の競争優位性となっていきます。
上記のトレンドを踏まえると、今後の成長には以下のようなスキルを持つ人材の獲得が不可欠になると考えられます。
- ステーブルコインの発行・運用、資産のトークン化といった金融インフラの再構築をリードできる、ブロックチェーン技術、セキュリティ、そして規制対応の知識を統合的に持つエンジニアやプロダクトマネージャー
- AIエージェントを「価値創造の源泉」に変えるデータ・AI戦略家
- 役割と専門性に報いる「実力主義人事」に対応可能な若手即戦力
- 人間ならではの「共感・創造性」を発揮し顧客接点を強化する人材
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