スキルマップとは、管理職にとって数値に表しにくい部下のスキルを、可視化してマネジメントに活用できるようにするツールです。個々のスタッフの力を最大限に発揮させて、部署としての生産性の向上を目指す場合に有効です。
とはいえ、その名称を耳にしたことはあって興味はあっても、具体的にはどんなものかわからないという方も多いのではないでしょうか。今回の記事では、そもそもスキルマップとは何かを解説し、活用するメリットや作り方、そして運営上の注意点についてついても言及します。スキルマップに興味があって組織運営に活用したい管理職のみなさんは、ぜひ参考にしてください。
目次
スキルマップとは
「スキルマップ」とは、組織の中における個々のスタッフが、業務を遂行するために求められるスキルを可視化した表です。呼称は企業によって「スキル管理表」「技能マップ」「力量表」などと呼ぶこともあります。海外では “Skills Matrix” が一般的です。
部署や部門単位でマップを作成することで、経営陣や管理職は組織内にどのようなスキルを持った人がどれくらいいるのかなどの、人材の状況を可視化できます。組織としての機動力も把握しやすくなるでしょう。これにより、組織内で現在または将来的に不足するスキルを明確にすれば、何を強化し補充していくべきかを見極められます。
作成にあたっては、その組織や部署の業務に関連するスキルを整理します。そして個別に定義づけされたマップ上の各項目に沿って、数値や記号を用いて個々のスタッフのレベルを評価するのです。つまりマップを活用することで、各スタッフのポテンシャルを把握できます。
管理職がスキルマップを作成するメリット
管理職にとってスキルマップを作成すると、主に以下のようなメリットが得られます。
- スタッフのモチベーション向上
- スキルの可視化による人材育成
- スタッフの成長プロセスの可視化
- 人材配置の最適化
- 評価の公平性を担保
- 採用活動への応用が可能
個々のメリットについて、詳しく見ていきましょう。
スタッフのモチベーション向上
組織内で各スタッフの客観的なスキル評価が公開されると、自分の位置づけを認識できるので、各々にとって良い刺激になります。
評価が高いスタッフは、正当に評価されていると感じて承認欲求が満たされ、そうでないスタッフは高く評価されることを自身の目標に据えることでモチベーションが上がるでしょう。ネガティブなスタッフを除けば、いずれのレベルであってもモチベーション向上につながります。
スキルの可視化による人材育成
スキルマップによって、スタッフひとりひとりのレベルが一目瞭然になります。そしてそれぞれのスタッフが向上を目指すべき、スキルの達成状況も明確になるのです。
スタッフごとに教育計画を設定し、人材育成を促すツールとして活用でき、効果的な育成プランに取り組めます。また個人から視野を広げれば、チームとしての総合力も把握できます。裏返せば、チームとして不足しているスキルの見極めが可能です。そして、組織の課題となるスキルを補うための研修や勉強会などの施策を、積極的に打ち出せます。
スタッフの成長プロセスの可視化
スキルマップで各スタッフのレベルは可視化できますが、メリットはそれにとどまりません。モチベーションを得たスタッフがスキルのブラッシュアップに励んでレベルが上がると、スキルマップの様相も刻々と変化します。つまり、スタッフの成長プロセスさえも可視化できるのです。
人材配置の最適化
スキルマップを作成すれば、チーム内の各業務に対するスタッフの適性が明らかになります。スタッフのスキルと業務内容のマッチングを精査し、ミスマッチがあればそれを全体的に是正することにより、チームとしての力が発揮できるでしょう。
つまり、人材配置を最適化することができるので、チーム力を短期的にアップできます。各スタッフのスキルを活かし、強みが発揮できる人材配置は、組織全体の業務効率化や生産性向上につながるでしょう。さらには、配置換えによって各スタッフによる専門性の、より一層の向上を後押しできます。つまり、中長期的なチーム力のアップにもつながるのです。
評価の公平性を担保
スキルマップは、スタッフ間の公平な評価を行うために有効です。人事評価においては一般的に、キャリアに従事する年数が重視されがちで、正しく評価されていないケースが、珍しくありません。
しかしながらスキルは、携わってきた期間の長さだけでなく、本人の基礎能力やモチベーションによって更新されていきます。スタッフに対する評価の公平性に問題がある場合は、自身のスキルに自信を持つ向上心の高いスタッフほど不満を抱きます。その結果、本来優秀な人材であるにもかかわらず、生産性の低下につながったり、悪くすると退職を選んだりという事態を招いてしまいかねません。
スキルマップなら評価基準が明確なので、各スタッフのスキルを可能なかぎり客観的に把握でき、評価の公平性を担保できます。その結果、生産性の低下や退職者の増加を食い止めにつながるでしょう。
採用活動への応用が可能
スキルマップは採用活動に応用することで、ミスマッチを防ぐことにも役立ちます。マップを作成すると、その組織に不足しているスキルが見えてくるので、求める人材像や必須スキルが明確になります。それにより、業務で求めているものと候補者の保有スキルのミスマッチが未然に防げるでしょう。
求人の業務内容と候補者のスキルが上手くマッチした採用が実現できれば、企業にとって即戦力が確保できて、その時点で企業力が多少なりともアップするのです。このようにマップの作成は、スタッフの成長とチームとしてのパワーアップから、引いては採用活動を通じての組織力の獲得にもつながるメリットがあるのです。
スキルマップの導入状況
ビジネスのグローバル化や少子高齢化からくる人材難、働き方の多様化などを背景として、多くの企業が人材育成を喫緊の経営課題として捉えています。人材確保が企業のニーズに追いつかない分、現場の人材を育てようとするのは妥当な考え方でしょう。そのような環境下で、人材育成を効率的に行うためのツールとして、さまざまな産業分野でスキルマップの導入が進んでいます。
業種別にいえば、あらゆる業種の中で導入が最も進んでいるのは製造業です。製造部門や技術部門において、顧客企業からのニーズに対応するため、そして品質マネジメントシステムに関する国際規格「ISO9001」の要求事項を満たすために、マップの活用が盛んです。
最近では工事業や建設業、IT関連や保守サービス業などの技術系の業種でも導入が進んでいます。ほかにも、金融機関や大型小売店などのサービス業の現場でも、人材育成の取組みとして活用が始まっています。
管理職によるスキルマップ作成4つのフェーズ
スキルマップは、一般的に管理職が作成します。作成作業自体は基本フェーズの流れと何点かのポイントを押さえて行えば、決して難しいものではありません。次からは、管理職のみなさんが、自身がマネジメントするチームのスキルマップを作成できるように、作成の基本フェーズを解説しましょう。
作成は以下の4つのフェーズで行われます。
- フェーズ1:スキル体系の整理
- フェーズ2:スキルレベルの設定
- フェーズ3:スキルの棚卸し
- フェーズ4:スキルマップに記入
それぞれのフェーズに関して、詳しく見ていきましょう。
フェーズ1:スキル体系の整理
最初のフェーズでは、スキルマップで管理する対象のスキル体系を一旦整理します。体系が整理されていなければ、メリットが享受できなくなります。そのため、この作業は根幹に関わる重要なプロセスです。業務領域や目的に応じた適切なスキル体系を作成するために、以下の5つのポイントに留意する必要があります。
- スキルの分類
- スキルの階層設定
- スキルの粒度設定
- スキルの項目設定
- スキルの内容を補足
ポイント別に見ていきましょう。
スキルの分類
スキルの適切な分類方法は、作る目的によって異なります。多くの場合ではチームの業務フローに沿って、必要性があるものをピックアップしていくのがよいでしょう。基本的には業務内容を切り口とし、業務項目で区分します。次いで作業項目に分解していくと、必要なスキルが特定されてきます。それをフローの最後まで行えば、関連するスキルが抜け漏れなく洗い出されるでしょう。
ただし業務項目ではなく、製品カテゴリーや要素技術を切り口とした分類がふさわしいケースもあります。その手法なら、該当の製品を生産するための必要スキルが何かや、そのスキルを保有する人材がどの程度いるのかが掌握可能です。体系を整理する作業では、どの切り口で分類すればよいのかという悩みに、直面することが多々あります。その際にはマップ作成の目的という原点に立ち返って、目的にもっとも見合った分類を考えて体系を整理しましょう。
スキルの階層設定
それぞれの項目を、いくつの階層に分けて評価するかを決めておきましょう。階層とは、たとえば「〇〇の基礎スキル」「〇〇を応用した〇〇スキル」「〇〇による高度な〇〇」などのように、基礎から専門性が高いものまでの階層です。階層数は自由に決めてよいでしょう。1つで問題ない場合もあります。また、過ぎると複雑になってしまいます。2~3、多くて4つくらいまでで管理するのが一般的です。
スキルの粒度設定
粒度とは、項目の細かさの度合いを意味します。体系を整理する際に、ビジネスの現場の業務に必要なものを細分化していくと、相当細かい作業にまで分けられます。
しかし、実際に管理をしていく際に、項目が細か過ぎると管理がし切れなくなります。また、大まか過ぎても、スキルの把握や人材教育につなげるには不適切です。現場をよく理解する管理職にとって適切と思える粒度を設定しましょう。
スキルの項目設定
そもそもスキルとは、訓練によって身につけられる技能のことです。「〇〇ができる」と表現できるものが、一般的にはスキルと呼ばれます。しかし、マップに設定する項目は純粋なスキルだけにこだわらずに、場合によっては知識を混ぜても問題はありません。
また、項目名は、たとえば「見積もり作成」や「クレーム対応」などのように、名詞形で書くのが一般的です。「見積もりを作成できる」や「クレームに対応できる」などと文章で表現するケースもあります。しかし、名詞形で簡潔に表現する方が、表にする上でも集計したり活用したりする上でも扱いやすいでしょう。
スキルの概要を補足
専門的なスキル項目は、同じ部署にいる人なら内容がすぐに理解できます。しかし別の部署の人から見ると、どういったスキルなのかわからないこともあります。
また、同じ項目であっても解釈が違えば、評価者によって判定にばらつきが生じるかもしれません。そのように、専門的なスキルの解釈や判定のばらつきが出るのを避けるために、必要に応じて概要を補足しましょう。
フェーズ2:スキルレベルの設定
スキルを適切に評価するためには、レベルの設定が重要です。スキルを「有り」「無し」のどちらかで評価する方法と、レベル1〜4などのいくつかの段階で評価する方法もあります。どちらが絶対ということはありませんが、レベルを設定するほうがスタッフのスキルがよりわかりやすくなるのは間違いありません。以下にレベルの例を紹介します。
スキルレベル例
レベルの設定数にもルールはありませんが、3〜6段階の範囲で設定されていることが多く、最も多く見られるのが以下のような4段階です。
レベル4:他者に指導できる
レベル3:独力で遂行できる
レベル2:指導を受けながら遂行できる
レベル1:業務遂行を補佐できる
レベルを多くすれば、より詳細な管理が可能になります。しかし、細か過ぎるレベル設定では判定が難しくなるので注意が必要です。レベルの設定はそもそも作成する目的や管理のしやすさを考慮しながら、実勢に合った無理のないものにしましょう。
マップ上でのレベルの表示の仕方
マップ上でのレベルの表示は、活用している組織によって形式はさまざまですが、大きく分けると以下の3種類に集約されます。
- 数字(1/2/3/4)
- アルファベット(A/B/C/D)
- 記号(◎/〇/△/×)
ほかにも円形の記号が4分割され、その満ち欠けでレベルを表現するわかりやすい方法もあります。現状では数字が、最も多く利用されているレベルの表現です。企業によっては個別スキルの平均値や保有スキルの合計値などを指標として利用しています。
このようには、数値はそのまま計算できる強みがあり、記号はマップ上でレベルが視覚的に把握しやすい強みがあります。
フェーズ3:スキルの棚卸し
体系が整理されてレベルが設定されたら、いよいよ各スタッフのスキルを棚卸しする段階に入ります。
スキルの棚卸しの2つの方法
スキルの棚卸しには、大きく分けて以下2種類の方法があります。
- 管理職が部下のスキルを判定・記入
- 部下が自分のレベルを判定・記⼊し管理職が認定あるいは修正
スキルの判定は試験によるものと思われるかもしれません。ところが多くの場合に、管理職による判定が用いられます。確かに試験を実施すれば、より正確なレベルの測定が可能でしょう。しかしながら、組織の業務に必要な膨大な数のスキル毎に試験を実施するのは、負荷が大き過ぎます。
マップを作成する目的が、スキルの可視化や人材育成であることを考えれば、レベルの設定に基づいて管理職が判定するやり方が最も現実的です。その上で、特に重要なスキルに限定しては試験を実施するのも一つの手です。
フェーズ4:スキルマップに記入
各人の各スキルのレベルの判定を網羅し、スキルマップにすべて記入できれば完成です。これでチームスタッフのスキル状況が一目でわかります。このマップはどのようなツールで作成するのかについて、触れておきましょう。
スキルマップ作成ツールについて
スキルマップは MicrosoftのExcelやAppleのNumbers、Googleのスプレッドシートのような表計算ソフトを利用して作成する方法と、人材管理システムを利用する方法があります。作成自体は、先に説明した4つのフェーズに沿って、補足したポイントを押さえれば可能です。組織にあったものを、管理職が自ら作成することができます。
ただし、最初から100点満点の、完璧に作るのは至難の業です。また、そこまで性急に求める必要はありません。まずは80点を目指し、後は運用しながら微修正を加えて満点に近づけるくらいのスタンスで取り組みましょう。
また、本格的に導入する前に、テスト運用として導入することにより、後に精度の高いマップを作成できます。テスト運用時では、スタッフからフィードバックをもらうことが大切です。フィードバックに基づいて、項目の分け方やスキルの階層やレベル設定の見直しを行います。現場に即したアレンジは活用効果に大きく反映されます。
なお、業務領域が広い組織の場合は領域を限定して導入し、徐々に領域を広めましょう。運用を長く継続していけば、やがて人材や組織全体の成長につながるはずです。
スキルマップのフォーマット例
参考に、フォーマットの例を挙げてきましょう。これはあくまでサンプルで、実際に作成する際は組織の実情に即したフォーマットを考えてください。
凡例)4:指導できる/3:独力でできる/2:指導を受けてできる/1:業務を補佐できる
スタッフ名 | 書類作成スキル | 進捗管理スキル | 外部交渉スキル | 合計 | ||||||
基本スキル | 〇〇の知識 | 〇〇の理解 | 基本スキル | 〇〇の知識 | 〇〇の理解 | 基本スキル | 〇〇の知識 | 〇〇の理解 | ||
〇川 〇美 | 3 | 2 | 2 | 4 | 3 | 2 | 2 | 3 | 2 | 23 |
〇井 〇太 | 4 | 4 | 3 | 3 | 2 | 4 | 2 | 1 | 2 | 25 |
〇元 〇文 | 3 | 2 | 2 | 2 | 3 | 2 | 4 | 4 | 4 | 26 |
〇田 〇子 | 2 | 2 | 4 | 3 | 2 | 2 | 3 | 2 | 2 | 22 |
〇林 〇菜 | 4 | 3 | 3 | 2 | 4 | 2 | 1 | 2 | 4 | 25 |
〇谷 〇一郎 | 2 | 2 | 2 | 3 | 2 | 4 | 4 | 4 | 4 | 27 |
〇岡 〇果 | 3 | 2 | 2 | 2 | 3 | 2 | 4 | 4 | 4 | 26 |
〇田村 〇史 | 2 | 2 | 4 | 3 | 2 | 2 | 3 | 2 | 2 | 22 |
〇尾 〇子 | 4 | 4 | 3 | 3 | 2 | 4 | 2 | 1 | 2 | 25 |
スキルマップ運用上の3つの注意点
多くのメリットが得られるスキルマップですが、明確なルールや目的がなければ有効活用できません。運用するには以下の3つの注意点があります。
- 評価の公正感に絶えず留意する
- 定期的に見直す
- 評価に応じたアクションプランを用意する
個別に見ていきましょう。
評価の公正感に絶えず留意する
スキルマップの運用に際して、判定のズレを防止して公平性を保つためには、運用ももちろんですが評価者も管理職が担当するか、もしくは教育担当者が望ましいです。もちろん、運用の中で評価者が適切に評価基準を理解し判定できていなければ意味がありません。
またスキルアップを敏感に察知して、再評価してあげることが非常に重要です。公正で適切な評価を行うことに、絶えず留意しなければなりません。
定期的に見直す
スキルマップは人員配置の変更や業務内容の拡大、各人のスキルアップなどの要素が絡むので流動的です。そのため、定期的に見直す作業を行いましょう。
更新頻度は1ヶ月程度を目安として、スタッフのアッパースキルの習得に必要な期間などを考慮して見直すのが望ましいです。また、社会や経済環境などに大きな変化のあったタイミングの見直しも、変化に対応するための組織の活性化に効果的です。
評価に応じたアクションプランを用意する
スキルマップは作成するだけでは価値が生まれません。ゴールではなく、そこからどのように組織活動や人材力の増強に活かすかが重要です。判定した後は、スタッフが望ましい基準に満たなかったスキルを身につけられるように、適切なアクションを起こすことに意味があります。
教育プランや研修プラン、セミナーや勉強会の開催、個々のスタッフの目標再設定など、判定結果に合わせた施策を検討しましょう。
まとめ
スキルマップを上手に運用してスタッフのレベルを可視化すると、モチベーションの向上やチーム総体としての人材力のアップにつながるでしょう。また、適材適所をより効果的に実現します。
スタッフの成長自体がマップ上で見えてくるので、マネジメントする立場の管理職自身のモチベーションも上がるかもしれません。スキルマップに興味があるみなさんはここで紹介した情報を参考に、ぜひ導入・活用を検討してみてください。