IT業界は慢性的かつ深刻な人材不足です。そのため転職志望者にとっては好機といえるでしょう。しかし、IT業界は離職率が高いともいわれています。せっかく転職しても、不本意な退職はしたくないですよね。
今回の記事では、厚生労働省の調査結果からIT業界の離職率が本当に高いのかを検証します。また、IT業界で離職が起こるメカニズムを解説し、今後の離職率の見通しについても触れておきましょう。
目次
IT業界の離職率は高いか低いか?
まず、IT業界の離職率が高いというのが事実なのかどうかについて、厚生労働省の調査データをもとに検証しましょう。ちなみに、厚生労働省のデータ上では産業を16区分しており、「IT業界」という区分はありません。IT業界とイコールではありませんが、最も近いのが「情報通信業」です。
この区分の基になる日本標準産業分類では、情報通信業は情報サービス業、インターネット付随サービス業、通信業、放送業、映像・音声・文字情報制作業の5分野を含みます。情報通信業全体としてIT関連事業とマスメディア関連事業を指します。ただしITのハードウェア機器の製造は、製造業に区分されています。それらを理解した上で情報通信業の傾向を見れば、完全ではなくともIT業界の動向を理解できるでしょう。
厚生労働省による2020年の調査結果
厚生労働省による2020年の雇用動向調査の中の産業別入職・離職状況の項目では、全産業を16区分して入職・離職者の数や割合を明らかにしています。それによると、IT業界に近い情報通信業の離職率は9.2%で、全産業の平均値である14.2%よりも低いです。
情報通信業 | 全産業 | |
離職率(前年) | 9.2%(9.6%) | 14.2%(15.6%) |
入職率 | 14.6% | 13.9% |
転職入職率 | 8.6% | 9.2% |
入職超過率 | 5.4% | ▲0.3% |
情報通信業の入職率は全産業平均より高く、その差し引きの結果である入職超過率は全産業平均がマイナス0.3%であるのに対し、情報通信業は5.4%です。産業全体では労働者の総数は年間0.3%減少し、情報通信業に従事する労働者の総数は年間5.4%増加していることを示しています。
IT業界を含む業界別離職率ランキング
厚生労働省のデータから、産業の16区分別の離職率をランキング表にして見てみましょう。
順位 | 産業区分 | 離職率 | 入職率(転職入職率) | 入職超過率 |
第1位 | 宿泊業/飲食サービス業 | 26.9% | 26.3%(13.5%) | ▲0.6% |
第2位 | サービス業(他に分類されないもの) | 19.3% | 17.5%(14.0%) | ▲1.8% |
第3位 | 生活関連サービス業/娯楽業 | 18.4% | 15.8%(10.0%) | ▲2.6% |
第4位 | 教育/学習支援業 | 15.6% | 16.2%(10.7%) | 0.6% |
第5位 | 不動産業/物品賃貸業 | 14.8% | 15.5%(12.3%) | 0.7% |
第6位 | 医療/福祉 | 14.2% | 14.7%(10.1%) | 0.5% |
第7位 | 運輸業/郵便業 | 13.3% | 14.5%(11.6%) | 1.2% |
第8位 | 卸売業/小売業 | 13.1% | 12.0%(7.8%) | ▲1.1% |
第9位 | 学術研究/専門・技術サービス業 | 10.3% | 11.4%(7.1%) | 1.1% |
第10位 | 電気・ガス・熱供給・水道業 | 10.0% | 7.9%(4.9%) | ▲2.1% |
第11位 | 建設業 | 9.5% | 10.0%(7.7%) | 0.5% |
第12位 | 製造業 | 9.4% | 7.8%(5.0%) | ▲1.6% |
第13位 | 情報通信業 | 9.2% | 14.6%(8.6%) | 5.4% |
第14位 | 複合サービス事業 | 7.8% | 6.8%(4.1%) | ▲1.0% |
第15位 | 金融業/保険業 | 7.7% | 8.1%(5.0%) | 0.4% |
第16位 | 鉱業/採石業/砂利採取業 | 5.6% | 7.9%(5.5%) | 2.3% |
トップが宿泊業/飲食サービス業の26.9%で、9.2%の情報通信業は第13位と低い方です。
IT業界の離職率は全体では高くない
このように、IT業界の離職率は全体では決して高くありません。むしろ16区分の中で下から4番目であり、低いです。もちろん、キャリアアップを目指して転職するITエンジニアや、ITコンサルタントを目指して転職するプロジェクトマネージャーなどが多数いることは事実です。しかしこの統計を見れば、そういう転職は他の業界でも同様にあることで、IT業界が特に活発ではないともいえるでしょう。
IT業界は恒常的な人材不足や、そこからくる「売り手市場である」「平均年収が高めである」などの傾向からどうしても注目される傾向があります。そのため、キャリアアップ転職などが目立つせいで離職率が高いイメージにつながるのかもしれません。ともあれ、IT業界の実際の離職率は平均以下であると認識しておきましょう。
IT業界で離職が起こるメカニズム
IT業界で離職が起こるには、いくつかのパターンがあります。次からは、このパターンについて業界の体質や傾向、社会の変化の受ける影響によるメカニズムごとに解説しましょう。
人材不足による待遇向上
IT業界の長らく続いている技術人材の不足は、今後も解決の見込みがついていません。そんな中で社会のIT化はDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展やコロナ禍でのオンライン化需要も手伝って加速しています。
その結果増大するIT需要は、人材難に一層の拍車をかけています。そのためIT企業の採用部門は人材確保に非常に手を焼いており、求人の待遇を以前よりも好条件にせざるを得ない状況です。
また、この条件も報酬面だけでなく働き方の柔軟さや評価制度のわかりやすさなど、さまざまの面で見直されつつあります。技術者にとっては自分の現状のスキルが活かせて、同じ仕事をしても待遇がよい企業があれば、現在の職場を離れてその企業に移ろうとするのは自然でしょう。
外国籍エンジニアの増加
近年では、海外からの労働力が流入するようになりました。IT企業でも、アジアや中東などから訪日したエンジニアを雇用するケースが増えています。技術力を十分に持っていれば、日本語の会話にハンディがあっても開発系の仕事にはそれほど支障がありません。そして企業としては、人件費を抑えることが可能になります。
そういう海外の人材と競合して、職場を変えざるを得ないケースもあります。技術力が同等かそれ以上の外国籍エンジニアと日本人エンジニアを比較した場合、契約の節目で継続を依頼されるのは人件費が抑えられる外国籍エンジニアのほうでしょう。
基本的な人材の流動性の高さ
IT業界は人材(特に技術系)の流動性が高いといわれています。それはそのまま、IT業界の離職のメカニズムを裏付ける事象のひとつです。詳しくみていきましょう。
キャリアアップ上の必然性
そもそもIT業界の技術系の仕事で、多方面のスキルを身につけてキャリアアップするという志向の人は、一つの企業に定着していると叶えられません。IT業界で高額収入を得ているスキルの幅が広い人材は、複数の企業を経験して、その都度新しいスキルを磨いて人材価値を上げています。そのためキャリアアップの必然性として、何度かの転職を経験することは珍しくありません。
希少スキル・ハイスキルエンジニアの需要が多い
高度化、複雑化するIT先端技術は、それを使いこなせる人材の絶対数が少ないです。一方、そういう希少なスキルを持ったエンジニア、ハイスキルのエンジニアの需要が非常に高いです。その人たちはヘッドハンティングされたり、好条件の求人に応募したりするので、それだけ流動性は高まります。
多重下請け構造による弊害
ITの開発系の企業には、昔から多重下請け構造が存在しています。クライアントから案件を受けた元請企業が、主に下流工程を下請けに出します。それを受けた1次請け企業が人材不足で完遂できない場合に、さらに2次請け企業に出すことになるのです。同様に3次請け、4次請けというように、幾重にも下請けが存在する業界構造の弊害を見ていきましょう。
労働環境への不満
下請けの下位になるほど、当然ながら収益率が低い仕事になります。低い収益率で企業を運営するために、経営側は多くの案件を受けることになるでしょう。そのため、従業員は限られた納期がある仕事をたくさん受け持つことになり、結果的に長時間労働や休日返上という労働環境の悪化を招きます。世間の働き方改革と逆行するようなハードな労働環境に不満を覚えて、離職する人が少なくありません。
収入額への不満
下請けの下位になればなるほど、従業員の給与も下がります。仕事に見合う報酬が得られない場合、労働環境がそれほど過酷ではなくとも収入額への不満から離職するケースがあります。労働環境が過酷であっても高額報酬が得られれば、それがモチベーションとなって働き続けるケースもあるでしょう。しかしながら、仕事は過酷で報酬は低いという、いわゆるブラック企業の状態も多重下請け構造の中では珍しくありません。
IT業界の今後の離職率はどうなる?
激動のIT業界ですが、今後の離職率についての見通しを立てる材料が複数あります。そして、それらはいずれも離職率を下げる方に働く要素といえるかもしれません。具体的にどういうことか、それぞれ見ていきましょう。
今後の離職率が下がる要素とは
IT業界の離職率は、すでに低下の傾向が出ていますが、今後さらに低下の傾向は強まるでしょう。なぜなら労働条件の改善が業界に行き渡っていけば、離職の動機となる要素が減るからです。
例えば人材を流出させないために、報酬面での充実を図る企業も増える可能性があります。他社との差がなければ収入面での不満による離職は減ります。あるいは働きやすい環境づくりに注力する企業も増えて、リモートワークやフレックスタイム制の導入が進むほど、労働環境が理由の離職も減るでしょう。
現実にIT業界の採用において、ある程度条件面を充実させないと人材がまったく確保できないので、多くの企業で報酬や労働条件が底上げされつつあります。また、これまでは複数企業の経験がスキルアップのために不可欠だった状況も、変化の兆しが出ています。
従来のIT開発では、工程ごとに技術者が異なるウォーターフォール開発が主流でした。最近ではそれぞれの技術者が特定の専門領域に縛られずにすべての開発作業を手がける、短サイクルで効率的なアジャイル開発が注目されています。双方にそれぞれ長短があるので、アジャイル開発にシフトする企業もあれば、ウォーターフォール開発が適しているので変更しない企業、両方を組み合わせたハイブリッド開発を取り入れる企業もあり、開発手法の過渡期であるのは間違いありません。
そのため、従来より1社でさまざまな領域のスキルが磨ける状況は増えています。そのため、スキルアップのためだけに転職するケースは減少していくでしょう。これらの複数の要素が絡み合って、IT業界では離職の動機となる要素が減少し、離職率はさらに低下する可能性があります。
女性の離職率を下げる取り組みもある
また、全産業に及ぶ人材不足によって、女性の活躍が期待されています。IT業界も同様で、従来男性が多かったITエンジニアの世界でも女性エンジニアの存在感が増す傾向です。
実際に女性エンジニアの比率が、徐々に増えつつある傾向にあります。優秀な女性エンジニアに長く働いてもらうために、結婚や出産、育児で離職することなく働き続けられるような取り組みが増えています。女性が働きやすいように勤務時間の考慮や在宅ワークの導入、産休・育休の取得を奨励するなどの体制づくりに力を入れるIT企業が増えることで、女性の離職率も下がるでしょう。
不本意な離職を避けるための転職先選びの注意点
前向きな転職はともかくとして、不満や理不尽を感じての不本意な離職はできるだけ避けたいですよね。そのためには、そうならないような転職先選びから始めましょう。その転職先の選び方について、次で解説します。
SIerなら上流工程を扱う企業(元請企業)を選ぶ
あなたが開発系IT企業であるSIer(システムインテグレーター)に転職する場合には、企業の事業内容をよく調べて、上流工程を扱う企業を選びましょう。
IT業界の中でもSIerは多重下請け構造になっているので、下にいくほど労働環境や収入など、あらゆる条件が悪くなります。クライアントから直接案件を受ける元請企業であれば、上流工程を扱うのでスキルアップのためにもよい環境であり、収入面でも労働時間などの面でも期待できます。
自社開発企業を選ぶ
SIerは基本的に、発注元である外部企業の案件依頼を受けて開発する受託開発企業です。一方、自社で運営する事業やサービスのためのシステムやアプリケーションを、自社で開発する企業が自社開発企業となります。Web系のITサービス企業やゲームソフトの製造販売を手がける企業、ソーシャルゲームなどを扱う企業が代表的です。
仕事面ではさまざまな経験ができて報酬も平均的に高めになるので、人気がある企業タイプです。その分、自社開発企業に転職するハードルは決して低くありません。必ずしもその時点でハイスキルである必要はありませんが、ITの基礎を押さえつつ、しっかりした考え方や今後伸びるポテンシャルを感じさせるポートフォリオを提出する必要があります。実務未経験から自社開発企業への転職を目指すための、効率的な独学による学習法を、以下の記事で詳しく紹介しています。興味がある方はぜひご覧ください。
扱う領域の幅が広い企業を選ぶ
IT企業には、どちらかといえば何かひとつの専門分野に特化した企業が多いかもしれません。しかし中には、多種多様な分野を手がける企業も存在します。転職するなら後者のような、扱う領域の幅が広い企業の方が、入ってからいろいろな領域を経験できる可能性が高く、スキルアップやキャリアアップのチャンスが増えるでしょう。
まとめ
IT業界はイメージ的に離職率が高いと思われていることが多いですが、実際はそんなことはありません。むしろ産業全体の離職率の平均よりも低いというのが厚生労働省の調査結果から明らかになっています。
また、働き方改革や人材不足の深刻化などからさまざまな環境の変化が起こってきており、今後離職率はさらに下がることが見込まれます。それでも離職がなくなることは決してありえません。IT業界に転職することを検討しているみなさんは、入社後の前向きな離職はよいとして、不本意な離職のないように、ここで紹介した情報を参考によい転職先を選んでください。
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